201312oncolys2

オンコリスバイオファーマ株式会社 上場記念特別連載(2/3)

12月6日、東証マザーズに上場を果たしたオンコリスバイオファーマ。
浦田泰生社長と、創業を後押ししたNVCC奥原主一が対談。
上場までの舞台裏を語りつくした。

ファーストエスコ創業者
筒見氏とは小学校の学友

奥原「上場おめでとうございます」

浦田「ありがとうございます。おかげさまでここまで来ることができました」

― 奥原はおもむろに名刺を取り出し。

奥原「初めてお会いした時はJT勤務時代でしたね」

JT時代の名刺浦田「お会いしたのが03年、ちょうどそれから10年後の10月31日に上場承認を受けたのですね。運命的なものを感じますね」

浦田「東証の方から上場承認の電話が来た日はオフィスでまんじりともせず待っていたんですが、午前11時に“上場が決定しました。
おめでとうございます”と電話があった。
それから関係者の人に早くそのことをお伝えしたかったけど、東証のホームページに承認のリリースが出るまで口外してはいけなくて。
何度も何度もブラウザの更新ボタンを押して、ようやく3時半リリースが出て、奥原さんに真っ先に電話したんです」

奥原「最初は、ファーストエスコの筒見憲三社長からの紹介でお会いしましたね。
筒見社長は、私の担当で投資していました」

浦田「筒見さんとは同じ犬山北小学校(愛知県)で野球やキャンプをして遊んだ仲。
彼が事業を順調に拡大し、新聞に華々しく取り上げられているのをみて電話しました。
バイオベンチャーを立ち上げようと思っているのだけど資金が集められるかなってね、それですぐに奥原さんを紹介してもらった。
会ってすぐに奥原さんが投資したいと言ってくれたおかげで、よし起業しようと踏ん切りもついたし、その後の資金調達にも弾みがつきました」

“倍返し”の投資術

奥原「当時は平社員でしたから、投資に至るまでは大変でしたよ。
社長に話を持っていくと“君はバイオの知識なんかないだろう、投資した実績もないじゃないか”と相手にしてもらえなかった。
それから必死に勉強して資料をまとめて2か月後に改めて提案すると”君が2か月ぐらいでわかるようではたいした企業のはずがない”

奥原「それじゃあ、どうしたらいいのかと。結局粘りに粘って3000万円だけ投資を許してもらえました。
その後、追加投資をして計1.1億円投資をしました。
でもファンド満期が来てしまい売却をお願いすることになってしまいました。
その後、しばらくしてまた投資する機会があり、その分は無事上場に至った」

浦田「応援してくれていた多くのVCさんには報いることができず本当に申し訳なかったです。
振り返ると最初から最後まで本当に資金繰りに追われる日々でした。
初めて投資を受けた時、奥原さんから”ゴー・パブリック起業公開物語”という本を頂きました。
その本は”死の谷”があるぞ、覚悟しろなんて散々書いてある。
“まさかぁウチは大丈夫だろう”なんて思っていましたけど、まさに3年近く、死の谷を経験しましたね」

浦田社長

単身赴任先で
家族にだまって起業

浦田「当初起業する気なんてさらさらなかったですよ。
でもJTで研究していた抗癌薬の開発がたばこ事業の悪化を理由に中止されてしまった。
それで、一緒に研究していた岡山大の先生の所に会社の都合でこれ以上研究できなくなりました、と謝りに行った。
そしたら先生嬉々として、そりゃちょうどいい、一緒に会社を立ち上げようって。

浦田「先生たちは簡単に言いますがね、子供2人はまだ小学生、家もローンで買ったばかり、とてもJTを飛び出すわけにはいかなかった。
家族にも相談できないままでいました。
しかし、岡山に仕事で行くたび、学会で東京に出てくるたびに教授たちに口説かれ、口説き落とされたような形ですね。
家族には黙って起業してしまった。家族は京都、私は単身赴任で東京にいて、その間に…」

(第三話につづく)